索引のつくりかた
・ 「
改訂 肥後藩国事史料」(以下「国事史料」と略)の各巻「目次」にある人名を第一巻から第十巻まで拾い上げて掲載巻・ページを付し、人名読みの50音順に並べ替えて索引とした(収録された巻・ページ数をすべて案内した。同一ページの目次にある同一人物でも、出典が異なる場合はページ数が重複している)。ただ、戊辰戦役や奥羽戦争の戦死者姓名や、全巻を通じて姓または名だけの人物は省いた。

・ 基本的に肥後熊本藩関係者としたが、日本史にたびたび登場する超有名人物は採用し、*印を付して区別した。ただし*印を付してない人物の中に肥後藩関係者以外の者が含まれる可能性もある。また逆に肥後藩関係者で抜け落ちている人物があることも否定できない。

・ 姓名の旧字を新字に直したものがある。

・ 養子に出て姓が変わったり、通称表記があったり、のちに名を変えたりして、同一人物で複数の姓名が出ている人物は、「熊本県大百科事典」が見出しにとっている姓名を索引名に採用し、収録巻・ページ数を案内した。その場合、索引名以外の姓名・号は→で索引名を案内した。肥後藩以外の人物も同様である。
  例  井上多久馬→井上毅、大野鉄兵衛→太田黒伴雄、高田源兵→河上彦斎、勝麟太郎*→勝海舟  など

・ 藩主と一族に関しては世襲前と後を区別しやすいことや、時代背景を示していることなどで、索引を一本化しなかった。藩主の「細川慶順」と「細川韶邦」は同一人物であるが、別々に索引を設けた。世子「細川護久」と「細川喜廷」は同一人物だが、名を変えた時期が分かるように索引を掲載順に混合したまた「長岡
監物」は家老米田家の代々の当主名だが、「国事史料」目次では「長岡監物」となっているのを、索引名では「長岡監物是容」「長岡監物是豪」と分けた。ただし索引作成者の浅学のために本藩主以外の細川、長岡、小笠原家や米田一族に関して索引名の取り方が整理されていなかったり誤っている可能性がある。ご教示を願う。

・ 目次での登場回数が50回以上の人物11人は、索引を「独立索引」として別につくり、検索の便を図った。細川齊護、細川慶順・細川韶邦、細川護久・細川喜廷、長岡護美、横井平四郎(小楠)、米田虎之助、長岡監物是容、長岡監物是豪、溝口孤雲(蔵人)、宮部鼎蔵、三條実美*である。

・ 読み方は「肥後先哲偉蹟」の総合索引などを参照したが、一般的な読みと違っていて掲載順が間違っている場合も考えられる。間違いを予想される読みで検索していただきたい。

索引の分量など
・ 人物名の索引総数は4264件である。最小は1件(1行)、最多は493件(長岡護美)。ちなみに索引数が多いのは、長岡護美のほか細川韶邦246件(「細川慶順」名時代の163件を含む)、細川護久203件(細川喜廷および長岡護久名を含む)、三條実美*181件、横井小楠(平四郎)114件など。

・ 登場人物は肥後藩以外の14人(姓名の末尾に*付き)と外国人3人を含めて601〜606人(同一人物可能性5組)である。肥後藩外および外国人は以下の17人。
伊藤博文、岩倉具視、榎本釜次郎(武揚)、大久保利通、勝安房海舟)、清川八郎、西郷隆盛、坂本龍馬、三條実美、高杉晋作、田中河内介、福沢諭吉、藤田東湖、吉田寅次郎(松蔭)、ハリス、ペルリ、マンスフェルト

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