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【肥後古流長刀】
(ひご・こりゅうなぎなた)
  肥後古流の祖は和泉(いずみ)国(現大阪府南部)の亀井輝重。肥後の浪士・松本源次郎助次が諸国修行の途中、この亀井に師事して古流長刀の術を修練し、33歳で総状や指南の伝を授けられ、肥後に帰国して広めた。その時期は1700年代後半と推測される。松本の後、川尻奉行を勤めた石寺可亭貞次が隠居後に皆伝し、さらに入江新内時陳に伝えた。
 
 明治維新で長刀もいったんは衰えたが、それを盛り返したのが安田退三や三浦栄四郎など。安田退三は長く熊本県・国の官吏や県内の郡長を勤める一方、長刀師範として城下に道場を建設もした。このあと後継者となる男がなく、古流長刀修練者中の年長と安田退三夫人の故をもって、安田萬喜(マキ)が師範として後を継いだ。明治44年(1911)のことである。

 安田は道場武徳殿で千有余の門弟を指導し、県立女子師範、第一、第二高女でも教授し、昭和4年(1928)、89歳で長逝した。
 
 後を継いだのが、夫の仕事の都合で熊本に来て安田に師事した大阪出身の蟻田久代と、地元の木野静恵。現在は蟻田の高弟近藤千代子と木野の両者に指導を受けた平田眞由美に続いている。
 
 武器は刃先四尺、柄四尺の大長刀。この八尺の大長刀を自在にあやつり、ほとんど無声で突き、引き切り、突き上げ、小手切りなど繰出し、繰込みの大技が特徴。手数は少なく、一刀必殺の術である。

◇連絡先 平田眞由美(玉名郡和水町前原451)

◇ 系統 亀井輝重―松本源次郎―石寺可亭貞次―入江新内時陳―入江新次郎貞馨―小堀兵右衛門闊有―入江太郎八貞伸―安田市助貞方―入江太郎八貞伸―村島貞諧―安田退三貞栄―三浦栄四郎―安田萬喜―木野静恵(安田萬喜―蟻田久代―近藤千代子)―平田眞由美

◇練習場 龍驤館(熊本市出水)


 肥後古流長刀(第19回熊本県古武道演武大会で)
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