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【関口流抜刀術】
(せきぐちりゅう・いあい)
 熊本に伝わる関口流抜刀術の源は紀州(和歌山)の関口流武術の中の抜刀術である。
 
 関口流武術の創始者・関口六右衛門氏心(うじむね)の長男・氏業(うじなり)を流祖としている。氏業の高弟・渋川伴五郎(2代目)は元禄年間(1688〜1704)、江戸に道場を開いていた。
 肥後藩士・井沢長秀(蟠龍又は蟠龍軒)はそこで抜刀の部のみを修め、これを熊本に伝えた(関口流は「抜刀術」とかいて「いあい」と読ませる)。
 
 長秀は細川藩の武術指南役となったので、大いに普及し、肥後流居合と称されるまでになった。刀の柄に肥後拵え(こしらえ)というのがあるが、これが当流の使用刀である。
 
 長秀は山崎闇斎らに儒学を学び文にも秀で、多くの著作がある。「武士訓」のなかで「武士は文武両道たるべし」と説いている。
 
 この流の特徴は多々あるが、道場すなわち室内での修業として座礼に始まる、「飛び違い切り」と称して、刀を振り下ろすとき前後の足を踏み違える激しい斬撃をなす、掛声は敵を圧倒するごとくかける―などである。


◇連絡先 15代宗家 米原亀生(熊本市岡田町11−24)


◇系統 関口八郎左衛門氏業―渋川伴五郎―井沢十郎左衛門長秀―井沢十郎左衛門長勝―井沢政右衛門長明―大里右金吾―井沢十郎左衛門長保―井沢勘兵衛長常―谷久左衛門永勝―匂坂平右衛門正常―谷十郎永質―野田甚内氏種―大石永勝―青木規矩男―米原亀生


◇練習場 熊本県武道館(熊本市水前寺)

 関口流抜刀術(第19回熊本県古武道演武大会で)
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