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【謙信流兵法陣太鼓】
(けんしんりゅう・へいほう・じんだいこ)
 細川藩八代(やつしろ)城主・松井家の家臣が謙信流陣太鼓を学び、代々松井家が伝えた。当初、誰が学び、誰に伝えられたかは明らかでない。
 
 謙信流陣太鼓は上越(新潟県)の上杉謙信が始めたとされ、出陣の折、藩士を鼓舞するほか、戦場で合図になる。今日、上越市などで行われる伝統祭りでは、銅鑼(どら)や法螺貝(ほらがい)も使うのが特徴。

 松井家では細川時代以降、明治・大正の世までは花火大会の時、合図に陣太鼓が使われていたという。昭和半ばまで、八代の角岡某によって法螺貝の奏法も伝えられていたが、以後、絶えた。

 大正のころ、八代・松井家の元家臣である魚住茂治が謙信流軍礼式太鼓の打ち方を習得し、さらに昭和の半ばごろ、門人村上喜一に打ち方および相図極意の伝書が残され、今日の浅野幸一郎師範代に至っている。


 打つときの姿勢と太鼓の音に流派としての技と音色が求められ、相当の修練を要するという。

 松井家が日置流肥後竹林派弓術を伝統した関係で、謙信流兵法陣太鼓の演武は熊本県では竹林派弓術とセットで披露されることが多い。

◇系統 詳細は不明


◇連絡先 師範代 浅野幸一郎(八代市本町3丁目8−25)


◇練習場 八代市

 謙信流陣太鼓
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