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【大東流合気柔術】
(だいとうりゅう・あいきじゅうじゅつ)
 植芝盛平、その師・武田で知られる武術。
 武田惣角は1859年、会津(福島県)の郷士の家に生まれた。明治初期、会津藩家老西郷頼母から道統を受け継ぎ、明治・大正・昭和の三代にわたり、全国を武者修行し、その間に陸海軍将官や各地の武道家、有力者など幾多(一説には3万人余)の門人を育てたとされる。
 きっかけは悲惨な会津戦争だったという。惣角のあとは長男・時宗が宗家を継いだ。
 
 この武田惣角に師事したのが合気道の祖・植芝盛平で、独自の修行を続け、皇武館道場を設立、昭和17年(1942年)、「合気道」の名称を使い、財団法人合気会を創始した。
 戦後は植芝吉祥丸(合気道主第2代)と高弟らによって全国に普及したが、その中から多くの団体・会派が派生し、熊本では砂泊?秀の合気万生道が知られる。
 
 大東流合気道は柔術のほか体術、武器術(剣・杖)も含み、一口に二千八百四十八手ともいわれるほど多彩で、「剣の動きから生まれた柔術」ともいわれる。
 「合気」の技法は敵からいかなる攻撃を受けても、一瞬に敵の力を無力化してしまうもので、また攻撃に用いれば一打必倒の力を発揮する。
 多人数の敵を想定した総合武術であることから、戦時中は植芝盛平が陸軍中の学校や海軍大学校などでも教えた。
 
 
◇ 系統 新羅三郎義光……甲斐・武田家―保科正之(会津藩祖)―歴代会津藩主・武田家……武田惣吉・西郷頼母―武田惣角正義―武田時宗―近藤勝之(第37代)          *系統は資料によりかなり違いがある。


◇ 連絡先 西龍一郎(熊本市帯山1丁目7−6)  


◇練習場 熊本県武道館(熊本市)、熊本市総合体育館(熊本市出水)、九州大東館(熊本市帯山)、南部スポーツセンター(熊本市白藤町)、北部武道場(熊本市北部町)


大東流合気柔術(第19回熊本県古武道演武大会で)
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