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*この原稿は、内容に関して同流派の校正を経ずに掲載しています。間違いに気づかれたご連絡ください。

【根岸流手裏剣術】
(ねぎしりゅう・しゅり・けんじゅつ)
 根岸流手裏剣の流祖は根岸松齢で、上州(群馬県)安中藩士。
 根岸家はもともと剣道師範の家柄。安中藩主は代々、井伊、水野、堀田、板倉、内藤、板倉と入れ替わったが、文化5年(1808)年に藩校造士館を建てたのが、遠江相良(静岡県)から移封された板倉家の第4代藩主、板倉勝尚公。この造士館の剣道師範に選ばれたのが根岸家だった。松齢はその第3代である。
 
 松齢は剣道のほか槍術、柔術、鎖鎌などに優れ、諸国武者修行の旅を重ねたが、手裏剣を学んだのは水戸藩剣道指南役、海保汎平(千葉周作の高弟。北辰一刀流)といわれる。
 江戸で海保から願立流手裏剣の技を伝授され、さらに日夜鍛錬を重ねて、打、刺力を誇る棒手裏剣の製作に成功して根岸流をおこした。
 
 熊本では四天流星野道場の福田彦平副師範(星野龍太師範当時)が伝授し、これを上村武に伝えた。
 

 手裏剣というと、ぐるぐる回りながら飛んでいく車輪状の車手裏剣(十字、五方、八方など)を想像するが、武術としての手裏剣で使われるのは棒状の手裏剣。とっさに短刀や小刀を投げつけたことから発生したことを考えると納得がいく。

 手裏剣の投げ方には、切っ先を標的に向けて打剣する「直打法」と、反対に切っ先を手元に向け、剣尾側を標的に向けて打剣する「反転打法」の二つがある。
 反転打法では剣が空中で180度回転(反転)して、剣尾と切っ先が入れ替わる。根岸流は反転打法である。
 根岸流で使う手裏剣は断面八角形の中型棒状手裏剣。鋼鉄製で長さ14cm、重さ40グラム。
 手裏剣を打った後、間髪を入れず剣で襲うことから居合術の修練も求められる。

◇系統 根岸松齢―利根川政年―成瀬関次―福田彦平―上村武―上村親志―舛田紘一・吉本辰生


◇連絡先 上村親志(熊本市新屋敷3丁目3−24)


◇練習場 


 根岸流手裏剣(第19回熊本県古武道演武大会で)
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