| 【日置流道雪派弓術】 (へぎりゅう・どうせつは) |
日置流道雪派の祖は伴喜左衛門一安で、入道して道雪と号した。 道雪の師は吉田六左衛門重勝。吉田家は代々、大和弓術中興の始祖とされる日置弾正政次(日置流の祖)の流れをくむ一門で、道雪は六左衛門のもとで印可を受け、丹後(京都)田辺城主・細川藤孝(幽斎)に請われて、師とともに家臣に弓術を指南し、やがて公から伴の姓を賜った。 京都・蓮華王院(三十三間堂)に今も伝わる通し矢を最初に行ったのが伴喜左衛門で、天正年間(1573〜1592)のこととされる。 細川家が豊前小倉を経て肥後に封ぜられると、道雪派弓術も同時に肥後に入り、肥後では道雪の直弟子、間宮新左衛門が第2代師範を受け継いだ。以後、藩政時代を通して連綿と継承され、明治以降は生駒新太郎以来、第18代岩下忠佳まで高弟たちが守ってきた。 宗家師範の岩下は藤崎八旛宮宮司で、道雪派では年中行事の一つとして、毎年正月9日、同宮で射去祭を奉仕している。弓太郎、弓次郎その他の射手が、烏帽子・直垂の装束で、天下泰平、五穀豊穣を祈念して弓を射るもので、熊本の歴史の重みを感じさせる伝統行事である。 ◇系統 日置弾正政次……伴喜左衛門道雪(肥後道雪派租)―間宮新左衛門信吉―間宮次郎兵衛信由―宮川弥一兵衛由成―長谷川忠右衛門景之―長谷川新右衛門景福―中島五郎右衛門惟常―宮川幸之助清長―田上壽八郎清輝―田上儀右衛門武経―野上文五輝国―生駒新太郎―宇野丈九郎―坂本茂―上野又十―野尻達也―金子清則―岩下忠佳(第18代宗家) ◇連絡先 宗家 岩下忠佳(熊本市西原2丁目22−24) ◇練習場 熊本市 |
![]() 日置流道雪派弓術(第19回熊本県古武道演武大会で) |
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