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赤玉資料館を建てよう

集めたい資料 「肥後の赤玉」」盛衰記                      
 
旧菊水町を中心に、ここ玉名地方(たまきなの里)は、明治時代以降、昭和40年代まで、腹薬「赤玉」(赤玉腹調丸)に代表される家庭配置薬(入れ薬)の里として広く知られていました。

しかし、年々、配置従事者は減る一方で、赤玉の歴史も、赤玉さん」と呼ばれた売薬従事者のことも忘れられようとしています。

 150年にも及ぶ長い歴史と、それにかかわった多くの関係者の苦労や喜びを、なんとか残せないか。そう思うようになりました。
 資料館建設構想に関心のある人はぜひ、名乗り出てください。いっしょに行動しましょう。
 当舎がある熊本県玉名郡「和水町・なごみまち」は平成18年3月1日、北隣の三加和町と合併して誕生しました。それまでは「玉名郡菊水町」で、さらにそれ以前は、玉名郡江田町、同江田村などの名前の歴史があります。

 この菊水町、江田町、江田村当時の特産品が、腹薬の丸薬「肥後赤玉」(商品名「赤玉腹調丸」)に代表される家庭配置薬です。その製造と配置行商の村、町として、幕末以来150年の長い歴史を有し、最盛期には近隣の250人の配置業者が九州一円や遠く西日本一帯まで、入れ薬に出かけていました。

 昭和51年に地元で家庭薬製造をやめたのを機に、配置業は急速に衰退に向かい、今も細々と配置行商は続いてはいるものの、産業の表舞台から消えてしまいました。即効性のある「赤玉腹調丸」の名前と効き目は九州全域に広がり、「赤玉」の名前は今も年配者の胸中に、懐かしさと郷愁を呼び起こすようです。

 
あなたの親戚や知り合いの実家の屋根裏や作業小屋に、家庭薬の紙袋や、その製造関連の品々は残っていませんか。気付いたらすぐ、教えてください。

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写真上は最盛期だった江田町時代の赤玉の袋。

下は県外に委託製造している現在の袋。

赤玉のほかに「建中丸」など20種類前後の家庭薬を地元で製造・配置販売していた。


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